筑後市の賃貸情報 (有)西村不動産
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ぶどう直売

看板も手書きで
昭和38年頃 国道209沿い 国道沿いは何もありませんでした。 当時ぶどうは農協や市場などへの出荷が主でしたが、丹精込めた葡萄を
自分で値段を付けて売る商売の面白さに目覚めました。品種はキャンベルでした。
3房100円で販売、毎日沢山売れました。 西村米太 談
ぶどうを入れる箱をテーラーで運んでいます ぶどう畑、後ろの女性は親戚の子供、アルバイトでしょうか
後ろの小屋でヤギも飼ってました。

昭和39年ぶどうの部 表彰状

歩道も中央の白線もありません、これで国道209号ですから。
筑後市に信号機は3ケ所ぐらいだったと思います。 現在の国道です。
ぶどう直売で商売の面白さを覚え昭和40年頃 二ツ橋食堂を始めました。名前の由来は橋が2つあったからです。
大牟田-久留米間で2軒目のドライブインでした。ちゃんぽん100円、うどん35円、その他色々メニューはありました。
当時は近所に工場が沢山ありました。中川ベーカリーさん、みつるわたさん、アポロ電子工業さん、元田工芸さんなどの
社員さんにご利用頂きました。お昼時は満席でした。駐車場が広かったので日本通運のトラック運転者さんも
良く利用して頂きました。

当時のマイカー、ダイハツの中古で30万円もしたと言ってました。
福岡市の高宮ダイハツまで買いにいったそうです。農作業や食堂の出前に
活躍しました。お正月は、どこの車もしめ縄を飾ってました。
今日は焼飯、明日はチャンポン、贅沢な悩みですが食べ飽きました


コカコーラ・ペプシコーラ・ファンタ・ミリンダ・チェリオ・子供には誘惑の多い飲み物でした。一本30円だったでしょうか。